絵筆に描き残す亡びゆく美しさ
上村松園
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)薄《すすき》
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(例)[#地付き](昭和九年)
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京の舞妓の面影は、他のものの変り方を思えば、さして著しくはありませんが、それでもやはり時代の波は伝統の世界にもひたひたと打ち寄せているようです。髪の結方とか、かんざしとか、服装の模様とかが、以前に比べると大分変って来ています。髪なんか、昔の純京風は後のつとを大きく出して、かたい油つけをつけたものですが、近ごろは、つとも小さくなり油つけもつけないでさばさばした感じのものになってしまいました。
かんざしも夏には銀製の薄《すすき》のかんざしをさしたもので、見るからに涼しげな感じのものでした。今も銀の薄のをさしてはいますが、薄の形が変って来て、昔のように葉がつまっておらず、ばらばらになってきています。服装の模様なども昔は裾模様のようなものが多く、一面に友仙のそうあらくないのをしていましたが、近ごろは大変柄があらくなってきました。
私は、明治の初めから十五、六年ごろの風俗を細微にわたってはっきりと覚えていますが、今のうちにこの亡びゆく美しさを絵に残しておきたいと思います。自分で描いておかないと、後から生れた人は絵では見ていても実地に見てきたのではないから、もう一つというところが描けないでしょう。舞妓はやはり年の若い、出てちょっとしたくらいのういういしいのが舞妓らしくていいものです。小さくても姿勢の整ったのは、小さいなりにいいものです。舞妓を描く場合に一番大切なのは、何といっても中心になるあのだらりの帯です。カラコロ、カラコロと例のおこぼをひきずって、大きい振袖でしゃなりしゃなりと歩いているその度ごとに帯が可憐に揺れる、あの情趣が京舞妓の全生命なんです。
舞妓の衣装の形にもいろいろありますが、袖が長くて帯がそれよりもちょっとばかり短い目の方が概して形がいいようです。この間吉川さんとこで写したのは、松本お貞さんのもってる衣装を着せたのでしたが、その古典的な模様がひときわ光って見えました。
[#地付き](昭和九年)
底本:「青帛の仙女」同朋舎出版
1996(平成8)年4月5日第1版第1刷発行
初出:「大阪朝日新聞」
1934(昭和9)年8月29日
入力:川山隆
校正:鈴木厚司
2009年1月29日作成
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