た折り、嫉妬の女の美しさを出すことのむつかしさを洩らしたところ、金剛先生は、次のようなことを教えて下さった。
「能の嫉妬の美人の顔は眼の白眼の所に特に金泥を入れている。これを泥眼と言っているが、金が光る度に異様なかがやき、閃きがある。また涙が溜っている表情にも見える」
 なるほど、そう教えられて案じ直してみると、泥眼というものの持つ不思議な魅力が了解されるのであった。
 わたくしは、早速「焔」の女の眼へ――絹の裏から金泥を施してみた。
 それが生霊の女の眼が異様に光って、思わぬ効果を生んでくれたのである。

 泥眼という文字は、眼で読んでみても、音で聞いてみても、如何にも「泥眼」の感じを掴みとることが出来るのであるが、ああいう話題の中へ、すぐに泥眼のことを持って来られる金剛先生の偉さに――さすがは名人となる方は、何によらず優れているとしみじみ思ったことであった。



底本:「青眉抄・青眉抄拾遺」講談社
   1976(昭和51)年11月10日初版発行
   1977(昭和52)年5月31日第2刷
入力:川山隆
校正:鈴木厚司
2008年5月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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