あのころ
――幼ものがたり――
上村松園

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)流行《はや》った

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)北斎の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵
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        父

 私が生まれたのは明治八年四月二十三日ですが、そのときには、もう父はこの世にいられなかった。
 私は母の胎内にあって、父を見送っていたのであります。
「写真を撮ると寿命がない」
 と言われていた時代であったので、父の面影を伝えるものは何ひとつとてない。しかし私は父にとても似ていたそうで、母はよく父のことを語るとき、
「あんたとそっくりの顔やった」
 と言われたものです。それでとき折り父のことを憶うとき、私は自分の顔を鏡に映してみるのであります。
「父はこのような顔をしていなさったのであろうか」
 そう呟くために。

        祖父

 祖父は、上村貞八といって、天保の乱を起こした大阪の町奉行大塩平八郎の血筋をひ
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