あゝ二十年
――やっと御下命画を完成した私のよろこび――
上村松園
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)双《ふた》つの
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一層|恐懼《きょうく》いたして
−−
雪
とうとう二十年来の肩の重荷をおろしましてほっといたしました。ふりかえってみますと、私が十五歳の折り、内国勧業博覧会に「四季美人図」を初めて出品いたしまして、一等褒状を受け、しかもそれが当時御来朝中であらせられた英国皇太子コンノート殿下の御買上げを得た時のことを思い合わせまして、今度皇太后陛下にお納め申し上げました三幅対「雪月花図」とは、今日までの私の長い画家生活中に、対照的な双《ふた》つの高峰を築くものだと考えます。自分の口から申すのも変ですが、今度の「雪月花図」こそは、それほど私がありったけの全精神を注いだ努力作品なのでございます。
私がこの作品の仰せを蒙《こうむ》りましたのは、今から実に二十年もの昔のことで、それはその当時宮中に奉仕しておられました三室戸《みむろど》伯爵を経てでございました。私はそれ以来、一日も早くこの御下命の作を完成しなくてはならぬと、それこそこの二十年間、一日たりとも疎《おろそ》かに放念していたことはありませんが、何分常に他の画債に逐《お》われ通しまして、もしかそういう作品にちょっとでも手を着けようものなら、忽ち精進一途の心が二つに割れまして、つい御下命作に筆を染めかねては、一日が一月になり、一月が一年になり、二年三年五年七年と、思わぬうちに歳月が流れさり、つい今日まで延び延びになりまして、一層|恐懼《きょうく》いたしておるしだいでございます。
もっともその間には、幾度か焼炭をあて、下図をつくりましたが、そのつど俗事と俗情に妨げられまして、どうしても素志貫徹にいたらず、まことに残念に存じていますうちに、これまた幾たびかその下図が古びたり、または損じてしまったりいたしまして、さらに幾ども取りかえ引きかえして今日に及びましたしだいです。
月
で私は、いつまでもこれではならぬと考えまして、この春になりましてから、断然発奮いたしまして、ぜひ今度こそはと思い定め、あらゆる画の関係を断ち、一意専念に御下命画の「雪月花」完成に精進いたしたわけでした。
私は毎朝五時には起床いたし
次へ
全3ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
上村 松園 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング