I can speak
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)陋巷《ろうこう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](「若草」昭和十四年二月号)
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 くるしさは、忍従の夜。あきらめの朝。この世とは、あきらめの努めか。わびしさの堪えか。わかさ、かくて、日に虫食われゆき、仕合せも、陋巷《ろうこう》の内に、見つけし、となむ。
 わが歌、声を失い、しばらく東京で無為徒食して、そのうちに、何か、歌でなく、謂《い》わば「生活のつぶやき」とでもいったようなものを、ぼそぼそ書きはじめて、自分の文学のすすむべき路《みち》すこしずつ、そのおのれの作品に依って知らされ、ま、こんなところかな? と多少、自信に似たものを得て、まえから腹案していた長い小説に取りかかった。
 昨年、九月、甲州の御坂《みさか》峠頂上の天下茶屋という茶店の二階を借りて、そこで少しずつ、その仕事をすすめて、どうやら百枚ちかくなって、読みかえしてみても、そんなに悪い出来ではない。あたらしく力を得て、とにかくこれを完成させぬうちは、東京へ帰るまい、と御坂《
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