しろ快し。院主(出資者)の訓辞、かの説教強盗のそれより、少し声やさしく、温顔なるのみ。内容、もとより、底知れぬトリックの沼。しかも直接に、人のいのちを奪うトリック。病院では、死骸など、飼い犬死にたるよりも、さわがず、思わず、噂せず。壁塗り左官のかけ梯子《はしご》より落ちしものの左腕の肉、煮て食いし話、一看守の語るところ、信ずべきふし在り。再び、かの、ひらひらの金魚を思う。
「人権」なる言葉を思い出す。ここの患者すべて、人の資格はがれ落されている。
われら生き伸びてゆくには、二つの途《みち》のみ。脱走、足袋《たび》はだしのまま、雨中、追われつつ、一汁一菜、半畳の居室与えられ、犬馬の労、誓言して、巷《ちまた》の塵の底に沈むか、若しくは、とても金魚として短きいのち終らむと、ごろり寝ころび、いとせめて、油多き「ふ」を食い、鱗《うろこ》の輝き増したるを紙より薄き人の口の端《は》にのぼせられて、ぺちゃぺちゃほめられ、数分後は、けろりと忘れられ、笑われ、冷き血のまま往生《おうじょう》とげむか。あとは、自らくびれて、甲斐《かい》なき命絶ち、四、五日、人の心の片端、ひやとさせるもよからむ。すべて皆
前へ
次へ
全27ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング