あわ》から生れて、西風に導かれ、波のまにまに、サイプラスの島の浦曲《うらわ》に漂着した。四肢は気品よく細長く、しっとりと重くて、乳白色の皮膚のところどころ、すなわち耳朶《みみたぶ》、すなわち頬、すなわち掌の裡、一様に薄い薔薇色《ばらいろ》に染っていて、小さい顔は、かぐようほどに清浄であった。からだじゅうからレモンの匂いに似た高い香気が発していた。ヴィナスのこの美しさに魅せられた神々たちは、このひとこそは愛と美の女神であると言ってあがめたて、心ひそかに怪《け》しからぬ望をさえいだいたのである。
ヴィナスが白鳥に曳《ひ》かせた二輪車に乗り、森や果樹園のなかを駈けめぐって遊んでいると、怪《け》しからぬ望を持った数十人の神々たちは、二輪車の濛々《もうもう》たる車塵を浴びながら汗を拭き拭き、そのあとを追いまわした。遊び疲れたヴィナスが森の奥の奥の冷い泉で、汗ばんだ四肢をこっそり洗っていると、あちらの樹間に、また、ついそこの草の茂みのかげに、神々たちのいやらしい眼が光っていた。
ヴィナスは考えた。こんなに毎日うるさい思いをするよりは、いっそ誰かにこのからだをぶち投げてあげようか。これときめた一
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