書け。落語《らくご》でも、一口噺《ひとくちばなし》でもいい。書かないのは、例外なく怠惰である。おろかな、おろかな、盲信である。人は、自分以上の仕事もできないし、自分以下の仕事もできない。働かないものには、権利がない。人間失格、あたりまえのことである。
そう思って、しかめつらをして机のまえに坐るのであるが、さて、何もしない。頬杖ついて、ぼんやりしている。別段、深遠のことがらを考えているわけではない。なまけ者の空想ほど、ばかばかしく途方《とほう》もないものはない。悪事千里、というが、なまけ者の空想もまた、ちょろちょろ止《と》めどなく流れ、走る。何を考えているのか。この男は、いま、旅行に就《つ》いて考えている。汽車の旅行は退屈だ。飛行機がいい。動揺がひどいだろう。飛行機の中で煙草《たばこ》を吸えるかしら。ゴルフパンツはいて、葡萄たべながら飛行機に乗っていると、恰好がいいだろうな。葡萄は、あれは、種を出すものなのかしら、種のまま呑みこむものなのかしら。葡萄の正しい食べかたを知りたい。などと、考えていること、まるで、おそろしく、とりとめがない。あわてて、がらっと机の引き出しをあけ、くしゃくしゃ
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