いはまた、佳人薄命、懐玉有罪、など言って、私をして、いたく赤面させ、狼狽させて私に大酒のませる悪戯者《いたずらもの》まで出て来た。
 けれども、某夜、君は不幸な男だね、と普通の音声で言って平気でいた人、佐藤春夫である。私は、ぱっと行くてがひらけた実感に打たれ、ほんとにそう思いますか、と問いただした。私は、うすく微笑んでいたような気がする。うん、不幸だ、とやはり気易く首肯した。
 もう一人、文藝春秋社のほの暗い応接室で、M・Sさん。きみと、しんじゅうするくらいに、きみを好いてくれるような、そんな、編輯者《へんしゅうしゃ》でも出て来ぬかぎり、きみは、不幸な、作家だ、と一語ずつ区切ってはっきり言った。そのように、きっぱり打ち明けて呉れるSさんの痩躯《そうく》に満ちた決意のほどを、私は尊いことに思った。
 多くの場合、私はただ苦笑を以《もっ》て報いられていたのである。多くの人々にとって、私は、なんだかうるさい、ただ生意気な存在であった。けれども私は、みんなを畏怖《いふ》して、それから、みんなをすこしでも、そうして一時間でも永く楽しませ、自信を持たせ、大笑いさせたく、そのことをのみ念じていた。私
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