ゃないか。」そう口を尖らせて不服を言うと、佐吉さんはにこにこ笑い、
「誰も本気に聞いちゃ居ません。始めから嘘だと思って聞いて居るのですよ。話が面白ければ、きゃつら喜んで居るんです。」
「そうかね。芸術家ばかり居るんだね。でもこれからは、あんな嘘はつくなよ。僕は落ちつかないんだ。」そう言い捨てて又二階へ上り、其の「ロマネスク」という小説を書き続けて居ると、又も、佐吉さんの一際高い声が聞えて、
「酒が強いと言ったら、何と言ったって、二階の客人にかなう者はあるまい。毎晩二合徳利で三本飲んで、ちょっと頬っぺたが赤くなる位だ。それから、気軽に立って、おい佐吉さん、銭湯へ行こうよと言い出すのだから、相当だろう。風呂へ入って、悠々と日本|剃刀《かみそり》で髯《ひげ》を剃《そ》るんだ。傷一つつけたことが無い。俺の髯まで、時々剃られるんだ。それで帰って来たら、又一仕事だ。落ちついたもんだよ。」
 これも亦《また》、嘘であります。毎晩、私が黙って居ても、夕食のお膳に大きい二合徳利がつけてあって、好意を無にするのもどうかと思い、私は大急ぎで飲むのでありますが、何せ醸造元から直接持って来て居るお酒なので、水な
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