外はみぞれ、何を笑うやレニン像。
叔母の言う。
「お前はきりょうがわるいから、愛嬌《あいきょう》だけでもよくなさい。お前はからだが弱いから、心だけでもよくなさい。お前は嘘《うそ》がうまいから、行いだけでもよくなさい。」
知っていながらその告白を強いる。なんといういんけんな刑罰であろう。
満月の宵。光っては崩れ、うねっては崩れ、逆巻き、のた打つ浪のなかで互いに離れまいとつないだ手を苦しまぎれに俺が故意《わざ》と振り切ったとき女は忽《たちま》ち浪に呑まれて、たかく名を呼んだ。俺の名ではなかった。
われは山賊。うぬが誇をかすめとらむ。
「よもやそんなことはあるまい、あるまいけれど、な、わしの銅像をたてるとき、右の足を半歩だけ前へだし、ゆったりとそりみにして、左の手はチョッキの中へ、右の手は書き損じの原稿をにぎりつぶし、そうして首をつけぬこと。いやいや、なんの意味もない。雀の糞を鼻のあたまに浴びるなど、わしはいやなのだ。そうして台石には、こう刻んでおくれ。ここに男がいる。生れて、死んだ。一生を、書き損じの原稿を破ることに使った」
メフィストフェレスは雪のように降りしきる薔薇《ばら》の花弁に胸を頬を掌を焼きこがされて往生したと書かれてある。
留置場で五六日を過して、或る日の真昼、俺はその留置場の窓から脊のびして外を覗くと、中庭は小春の日ざしを一杯に受けて、窓ちかくの三本の梨の木はいずれもほつほつと花をひらき、そのしたで巡査が二三十人して教練をやらされていた。わかい巡査部長の号令に従って、皆はいっせいに腰から補縄を出したり、呼笛を吹きならしたりするのであった。俺はその風景を眺め、巡査ひとりひとりの家について考えた。
私たちは山の温泉場であてのない祝言をした。母はしじゅうくつくつと笑っていた。宿の女中の髪のかたちが奇妙であるから笑うのだと母は弁明した。嬉しかったのであろう。無学の母は、私たちを炉ばたに呼びよせ、教訓した。お前は十六|魂《たまし》だから、と言いかけて、自信を失ったのであろう、もっと無学の花嫁の顔を覗き、のう、そうでせんか、と同意を求めた。母の言葉は、あたっていたのに。
妻の教育に、まる三年を費やした。教育、成ったころより、彼は死のうと思いはじめた。
病む妻や とどこおる雲 鬼すすき。
赤え赤え煙こあ、もくらもくらと蛇体《じゃたい》みたいに天さのぼっての、ふくれた、ゆららと流れた、のっそらと大浪うった、ぐるっぐるっと渦まえた、間もなくし、火の手あ、ののののと荒けなくなり、地ひびきたてたて山ばのぼり始めたずおん。山あ、てっぺらまで、まんどろに明るくなったずおん。どうどうと燃えあがる千本万本の冬木立ば縫い、人を乗せたまっくろい馬こあ、風みたいに馳《は》せていたずおん。(ふるさとの言葉で)
たった一言知らせて呉れ! “Nevermore”
空の蒼《あお》く晴れた日ならば、ねこはどこからかやって来て、庭の山茶花《さざんか》のしたで居眠りしている。洋画をかいている友人は、ペルシャでないか、と私に聞いた。私は、すてねこだろう、と答えて置いた。ねこは誰にもなつかなかった。ある日、私が朝食の鰯《いわし》を焼いていたら、庭のねこがものうげに泣いた。私も縁側へでて、にゃあ、と言った。ねこは起きあがり、静かに私のほうへ歩いて来た。私は鰯を一尾なげてやった。ねこは逃げ腰をつかいながらもたべたのだ。私の胸は浪うった。わが恋は容《い》れられたり。ねこの白い毛を撫でたく思い、庭へおりた。脊中の毛にふれるや、ねこは、私の小指の腹を骨までかりりと噛《か》み裂いた。
役者になりたい。
むかしの日本橋は、長さが三十七間四尺五寸あったのであるが、いまは廿七間しかない。それだけ川幅がせまくなったものと思わねばいけない。このように昔は、川と言わず人間と言わず、いまよりはるかに大きかったのである。
この橋は、おおむかしの慶長七年に始めて架けられて、そののち十たびばかり作り変えられ、今のは明治四十四年に落成したものである。大正十二年の震災のときは、橋のらんかんに飾られてある青銅の竜の翼が、焔《ほのお》に包まれてまっかに焼けた。
私の幼時に愛した木版の東海道五十三次道中|双六《すごろく》では、ここが振りだしになっていて、幾人ものやっこのそれぞれ長い槍を持ってこの橋のうえを歩いている画が、のどかにかかれてあった。もとはこんなぐあいに繁華であったのであろうが、いまは、たいへんさびれてしまった。魚河岸《うおがし》が築地《つきじ》へうつってからは、いっそう名前もすたれて、げんざいは、たいていの東京名所絵葉書から取除かれている。
ことし、十二月下旬の或る霧のふかい夜に、この橋のたもとで異人の女の子がたくさんの乞食《こじ
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