悧巧《りこう》になったね、君がテツさんに昔程の愛を感じられなかったなら、別れるほかはあるまい、と汐田の思うつぼを直截《ちょくせつ》に言ってやった。汐田は、口角にまざまざと微笑をふくめて、しかし、と考え込んだ。
それから四五日して私は汐田から速達郵便を受け取った。その葉書には、友人たちの忠告もあり、お互の将来のためにテツさんをくにへ返す、あすの二時半の汽車で帰る筈《はず》だ、という意味のことがらが簡単に認《したた》められていた。私は頼まれもせぬのに、テツさんを見送ってやろうと即座に覚悟をきめた。私にはそんな軽はずみなことをしがちな悲しい習性があったのである。
あくる日は朝から雨が降っていた。
私はしぶる妻をせきたてて、一緒に上野駅へ出掛けた。
一〇三号のその列車は、つめたい雨の中で黒煙を吐きつつ発車の時刻を待っていた。私たちは列車の窓をひとつひとつたんねんに捜して歩いた。テツさんは機関車のすぐ隣の三等客車に席をとっていた。三四年まえに汐田の紹介でいちど逢ったことがあるけれども、あれから見ると顔の色がたいへん白くなって、頤《あご》のあたりもふっくりとふとっているのであった。テツさん
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