令嬢アユ
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)頸垂《うなだ》れ
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佐野君は、私の友人である。私のほうが佐野君より十一も年上なのであるが、それでも友人である。佐野君は、いま、東京の或る大学の文科に籍を置いているのであるが、あまり出来ないようである。いまに落第するかも知れない。少し勉強したらどうか、と私は言いにくい忠告をした事もあったが、その時、佐野君は腕組みをして頸垂《うなだ》れ、もうこうなれば、小説家になるより他は無い、と低い声で呟《つぶや》いたので、私は苦笑した。学問のきらいな頭のわるい人間だけが小説家になるものだと思い込んでいるらしい。それは、ともかくとして、佐野君は此《こ》の頃いよいよ本気に、小説家になるより他は無い、と覚悟を固めて来た様子である。日、一日と落第が確定的になって来たのかも知れない。もうこうなれば、小説家になるより他は無い、と今は冗談でなく腹をきめたせいか、此の頃の佐野君の日常生活は、実に悠々たるものである。かれは未だ二十二歳の筈《はず》であるが、その、本郷の下宿屋の一室に於《お》いて、端然と正座し、囲碁の独《ひと》り稽古
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