れ、もっぱら四季の風物を眺め楽しんでいるのである。水は、囁《ささや》きながら流れている。鮎が、すっと泳ぎ寄って蚊針をつつき、ひらと身をひるがえして逃れ去る。素早いものだ、と佐野君は感心する。対岸には、紫陽花《あじさい》が咲いている。竹藪《たけやぶ》の中で、赤く咲いているのは夾竹桃《きょうちくとう》らしい。眠くなって来た。
「釣れますか?」女の声である。
もの憂げに振り向くと、先刻の令嬢が、白い簡単服《かんたんふく》を着て立っている。肩には釣竿をかついでいる。
「いや、釣れるものではありません。」へんな言いかたである。
「そうですか。」令嬢は笑った。二十歳にはなるまい。歯が綺麗だ。眼が綺麗だ。喉《のど》は、白くふっくらして溶けるようで、可愛い。みんな綺麗だ。釣竿を肩から、おろして、「きょうは解禁の日ですから、子供にでも、わけなく釣れるのですけど。」
「釣れなくたっていいんです。」佐野君は、釣竿を河原の青草の上にそっと置いて、煙草をふかした。佐野君は、好色の青年ではない。迂濶《うかつ》なほうである。もう、その令嬢を問題にしていないという澄ました顔で、悠然と煙草のけむりを吐いて、そうして四
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