聞きたくもなかった。私は、ひとの恋愛談を聞く事は、あまり好きでない。恋愛談には、かならず、どこかに言い繕《つくろ》いがあるからである。
私が気乗りのしない生返事をしていたのだが、佐野君はそれにはお構いなしに、かれの見つけて来たという、その、いいひとに就《つ》いて澱《よど》みなく語った。割に嘘の無い、素直な語りかただったので、私も、おしまいまで、そんなにいらいらせずに聞く事が出来た。
かれが伊豆に出かけて行ったのは、五月三十一日の夜で、その夜は宿でビイルを一本飲んで寝て、翌朝は宿のひとに早く起してもらって、釣竿をかついで悠然と宿を出た。多少、ねむそうな顔をしているが、それでもどこかに、ひとかどの風騒の士の構えを示して、夏草を踏みわけ河原へ向った。草の露が冷たくて、いい気持。土堤にのぼる。松葉牡丹《まつばぼたん》が咲いている。姫百合《ひめゆり》が咲いている。ふと前方を見ると、緑いろの寝巻を着た令嬢が、白い長い両脚を膝《ひざ》よりも、もっと上まであらわして、素足で青草を踏んで歩いている。清潔な、ああ、綺麗《きれい》。十メエトルと離れていない。
「やあ!」佐野君は、無邪気である。思わず歓声
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