屋に飲みに行き、その時、おかみさんに君の部隊のアドレスなんかを、聞かれもせぬのに、ただただお酒をさらに一本飲みたいばかりに、紙に書いて教えてやった覚えがある。
 君はその手紙には返事を出さずにいた。するとまた、十日くらい経って、さらに優《やさ》しいお見舞いの言葉を書きつらねた手紙が来る。君もこんどは返事を出した。折りかえし、向うから、さらにまた優しいお見舞い。つまり、君たちは、いつのまにやら、苦しい仲になってしまっていた。
「白状しますとね。」と君は、その日、上野公園の茶屋でさかんにウィスキイをあおりながら、「僕は、はじめから、あの人を好きだったのですよ。岡野金右衛門だの何だの、そんなつまらない策略からではなく、僕は、はじめから、あの人となら本当に結婚してもいいと思っていたのですよ。でも、それを先生に言うと、先生に軽蔑されやしないかと思って、黙っていたのですがね。」
「軽蔑なんか、しやしないさ。」僕は、なぜだか、ひどく憂鬱な気持であった。
「軽蔑するにきまっていますよ。先生はもう、ひとの恋愛なんか、いつでも頭から茶化してしまうのだから。菊屋の、ほら、あの娘も、二人がこんな手紙を交換して
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