あ。僕の責任たるや、軽くないわけだよ。」
などと、とってつけたように、思わせぶりの感慨をもらし、以《もっ》ておかみさんの心の動揺を企図したものだが、しかし、そのいつわりの縁談はそれ以上、具体化する事も無く、そのうちに君は、卒業と同時に仙台の部隊に入営して、岡野がいなくては、いかに大石、智略にたけたりとも、もはや菊屋から酒を引出す口実に窮し、またじっさい菊屋に於いても、酒が次第に少くなって休業の日が続き、僕は、またまた別な酒の店を捜し出さなければならなくなって、君と別れて以後は、ほんの数えるほどしか菊屋に行った事は無く、そうして、やがて全く御無沙汰《ごぶさた》という形になった。
もう、それで、おしまいとばかり僕は思っていたのだが、それから一年経ち、あの上野公園の茶店で、僕たちはもうこれが永遠のわかれになるかも知れないそのおわかれの盃《さかずき》をくみかわし、突然そこに菊屋の話が飛び出たので、僕はぎょっとしたのだ。
その日の、君の物語るところに依《よ》れば、君が入営して一週間目くらいに、もうはや菊川マサ子からの手紙が、君を見舞ったという。そう言えば、君の去った後、僕が他の学生たちと菊
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