皆、しりごみしまして、太宰さんは、ひどいデカダンで、それに、性格破産者だ、と佐藤春夫先生の小説に書いてございましたし、まさか、こんなまじめな、ちやんとしたお方だとは、思ひませんでしたから、僕も、無理に皆を連れて来るわけには、いきませんでした。こんどは、皆を連れて来ます。かまひませんでせうか。
「それは、かまひませんけれど。」私は、苦笑してゐた。「それでは、君は、必死の勇をふるつて、君の仲間を代表して僕を偵察に来たわけですね。」
「決死隊でした。」新田は、率直だつた。「ゆうべも、佐藤先生のあの小説を、もういちど繰りかへして読んで、いろいろ覚悟をきめて来ました。」
 私は、部屋の硝子戸越しに、富士を見てゐた。富士は、のつそり黙つて立つてゐた。偉いなあ、と思つた。
「いいねえ。富士は、やつぱり、いいとこあるねえ。よくやつてるなあ。」富士には、かなはないと思つた。念々と動く自分の愛憎が恥づかしく、富士は、やつぱり偉い、と思つた。よくやつてる、と思つた。
「よくやつてゐますか。」新田には、私の言葉がをかしかつたらしく、聡明に笑つてゐた。
 新田は、それから、いろいろな青年を連れて来た。皆、静かな
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