返事
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)喧嘩《けんか》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)田舎|親爺《おやじ》
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 拝復。長いお手紙をいただきました。
 縁というのは、妙なものですね。(なんて、こんな事を言うと、非科学的だといって叱られるかしら。うるさい時代が過ぎて、二三日、ほっとしたと思ったら、また、うるさい時代がやって来ました。縁などというのは迷信である。必然的と言わなければならぬ、なんて、一言一言とがめられる、あの右翼のやっかい以前の左翼のやっかい時代が、また来るのかしら。あれももう私は、ごめんです)あなたも作家、私も作家、けれども今まで一度も逢った事は無し、またお互いにその作品を一度も読んだ事のない者どうしが、ふっとした事で、こうして長い手紙を交換する。縁と言ったってかまやしません。
 このたび私の「惜別」が橋になって、あなたから長いお手紙をいただきましたが、私は、たいへんうれしかった。あなたのお手紙の文面が、やさしく正直なのも大きな悦びでありましたが、それよりも何よりも、私にはあのお手紙の長さが有難かったのです。本当にもうこのごろは、お互い腹のさぐり合いで、十年来の友人でも、あいまいな事をちょっとだけ書いて寄こして、あなたみたいに、長い手紙を書いてはくれません。何も用心しなくたっていいじゃないか。私がマ司令に密告するわけじゃあるまいし。
 きょうは、あなたのお手紙の長さに感奮し、その返礼の気持もあり、こんな馬鹿正直の無警戒の手紙を差上げる事になりました。
 私たちは程度の差はあっても、この戦争に於いて日本に味方をしました。馬鹿な親でも、とにかく血みどろになって喧嘩《けんか》をして敗色が濃くていまにも死にそうになっているのを、黙って見ている息子も異質的《エクセントリック》ではないでしょうか。「見ちゃ居られねえ」というのが、私の実感でした。
 実際あの頃の政府は、馬鹿な悪い親で、大ばくちの尻ぬぐいに女房子供の着物を持ち出し、箪笥《たんす》はからっぽ、それでもまだ、ばくちをよさずにヤケ酒なんか飲んで女房子供は飢えと寒さにひいひい泣けば、うるさい! 亭主を何と心得ている、馬鹿にするな! いまに大金持になるのに、わからんか! この親不孝者どもが! など叫喚して手がつけられず、私なども、雑誌の小説が全文削除
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