思い出し、救われるのが常である。生きて行こうと思うのである。あの人の弱さが、かえって私に生きて行こうという希望を与える。気弱い内省の窮極からでなければ、真に崇厳な光明は発し得ないと私は頑固に信じている。とにかく私は、もっと生きてみたい。謂わば、最高の誇りと最低の生活で、とにかく生きてみたい。
「ヴェルレエヌは、大袈裟だったかな? どうも、この着物では何を言ったって救われないよ。」やり切れない気持であった。
「いや、大丈夫です。」友人は、ただ軽く笑っている。街に電燈がついた。
 その夜、私は酒の店で、とんだ失敗をした。その佳い友人を殴ってしまったのである。罪は、たしかに着物にあった。私は、このごろは何事にも怺《こら》えて笑っている修業をしているのであるからいささかの乱暴も、絶無であったのであるが、その夜は、やってしまった。すべては、この赤い着物のせいであると、私は信じている。衣服が人心に及ぼす影響は恐ろしい。私は、その夜は、非常に卑屈な気持で酒を飲んでいた。鬱々として、楽しまなかった。店の主人にまで、いやしい遠慮をして、片隅のほの暗い場所に坐って酒を飲んでいたのである。ところが、友人のほ
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