思い出した。今の此のむずかしい世の中に、何一つ積極的なお手伝いも出来ず、文名さえも一向に挙らず、十年一日の如く、ちびた下駄をはいて、阿佐ヶ谷を徘徊《はいかい》している。きょうはまた、念入りに、赤い着物などを召している。私は永遠に敗者なのかも知れない。
「いくつになっても、同じだね。自分では、ずいぶん努力しているつもりなのだけれど。」歩きながら、思わず愚痴が出た。「文学って、こんなものかしら。どうも僕は、いけないようだね。こんな、なりをして歩いて。」
「服装は、やはり、ちゃんとしていなければ、いけないものなのでしょうね。」友人は私を慰め顔に、「僕なんかでも、会社で、ずいぶん損をしますよ。」
 友人は、深川の或る会社に勤めているのだが、やはり服装にはお金をかけたがらない性質のようである。
「いや、服装だけじゃないんだ。もっと、根本の精神だよ。悪い教育を受けて来たんだ。でも、やっぱり、ヴェルレエヌは、いいからね。」ヴェルレエヌと赤い着物とは、一体どんなつながりがあるのか、われながら甚だ唐突で、ひどくてれくさかったけれど、私は自分に零落を感じ、敗者を意識する時、必ずヴェルレエヌの泣きべその顔を
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