私にとってなんの興味もございません。あなたの作品が、「やまと新報」に連載せられていたのは、あれは、あなたが三十二、三歳の頃の事であったと思われますが、あの頃、あなたが世の中から受けていた悪評は、とても、猛烈なものでありました。あなたは、完全に、悪徳漢のように言われていました。けれども、私は、あなたの作品の底に、いつも、殉教者のような、ずば抜けて高潔な苦悶の顔を見ていました。自身の罪の意識の強さは、天才たちに共通の顕著な特色のようであります。あなたにとって、一日一日の生活は、自身への刑罰の加重以外に、意味が無かったようでありました。午前一ぱいを生き切る事さえ、あなたにとっては、大仕事のようでありました。私は、「鶴」以来、あなたの作品を一篇のこさず読んでまいりました。あれから二十年、あなたは、いまでは明治大正の文学史に、特筆大書されているくらいの大作家になってしまいました。絢爛《けんらん》の才能とか、あふれる機智、ゆたかな学殖、直截の描写力とか、いまは普通に言われて、文学を知らぬ人たちからも、安易に信頼されているようでありますが、私は、そんな事よりも、あなたの作品にいよいよ深まる人間の悲し
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