す。文学とは、恋愛を書く事ではないのかしらと、このとしになって、ちょっと思い当った事もありましたので、私の最近の行きづまりを女性を愛する事に依って打開したい等、がらにもない願望をちらと抱いた夜もあって、こんどの旅行で何かヒントでも得たら、しめたものだと陳腐《ちんぷ》な中学生式の空想もあったのでした。私には旅行がめずらしかったものですから、それで少し浮き浮きしていたというところもあったのでしょう。あわれな話ですね。若い花やかなインスピレエションが欲しさに、私は大しくじりを致しました。最初の晩、ごはんのお給仕に出た女中は二十七八歳の、足を外八文字にひらいて歩く、横に広いからだのひとでした。眼が細く小さく、両頬は真赤でおかめの面《めん》のようでありました。何を考えているのか、どういう性格なのか、よくわからないような人でありました。私は、宿の客が多いか、何月ごろが一ばんいそがしいか、そうか、ねえさんは此の土地の人か、そうか、などと少しも知りたくない事ばかりを無理してお義理に質問しては、女中が答えないさきから首肯《うなず》いたりしていました。女中は聞かれた事だけを、はっきり一言で答えて、他には何
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