事など出来る身分ではないようです。宿賃ばかりが気になっていけません。
 あなたの長いお手紙が、私をうろうろさせました。正直に申し上げると、あなたのお言葉の全部が、かならずしも私にとって頂門《ちょうもん》の一針《いっしん》というわけのものでも無かったし、また、あなたの大声|叱咤《しった》が私の全身を震撼《しんかん》させたというわけでも無かったのです。決して負け惜しみで言っているわけではありません。あなたが御手紙でおっしゃっている事は、すべて私も、以前から知悉《ちしつ》していました。あなたはそれを、私たちよりも懐疑が少く、権威を以《もっ》て大声で言い切っているだけでありました。もっともあなたのような表現の態度こそ貴重なものだということも私は忘れて居りません。あなたを、やはり立派だと思いました。あなたに限らず、あなたの時代の人たちに於いては、思惟《しい》とその表示とが、ほとんど間髪をいれず同時に展開するので、私たちは呆然とするばかりです。思った事と、それを言葉で表現する事との間に、些少《さしょう》の逡巡《しゅんじゅん》、駈引きの跡も見えないのです。あなた達は、言葉だけで思想して来たのではない
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