この手紙には、御返事は要《い》りません。お大事に。
六月二十日[#地から3字上げ]木戸一郎
井原退蔵様
前略。
返事は要らぬそうだが御返事をいたします。
君の赤はだかの神経に接して、二三日、自分に(君にではない)不潔を感じて厭《いや》な気がしていたという事も申して置きます。自分は、君の名を前から知っていました。作品を読んだ事は無かったが、詩人の加納君が、或る会合の席上でかなりの情熱を以《もっ》て君の作品をほめて、自分にも一読をすすめた事がありました。自分も、そんなら一度読んでみようと思いながら、今日までその機会が無く、そのままになっていました。先日、君の短篇集とお手紙をもらって、お礼のおくれたのは自分の気不精からでもありましたが、自分は誰かれの差別なくお礼やら返事やらを書いているわけにも行きません。恩を着せるようにとられても厭ですが、自分は君の短篇集をちょっと覗《のぞ》いてみて、安心していいものがあるように思われましたから、気も軽くなって不取敢《とりあえず》お礼を差し上げたのです。お礼の言葉が短かすぎて君はたいへん不満のようですが、お礼には、誠実な「ありがとう」
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