とに失礼いたしました。あの夜、あの手紙を書き上げて、そのまま翌《あく》る朝まで机の上に載せて置いたならば、或《ある》いは、心が臆して来て、出せなくなるのではないかと思い、深夜、あの手紙を持って野道を三丁ほど、煙草屋の前のポストまで行って来ましたが、ひどく明るい月夜で、雲が、食べられるお菓子の綿のように白くふんわり空に浮いていて、深夜でもやっぱり白雲は浮いて、ゆるやかに流れているのだという事をはじめて発見し、けれどもこんな甘い発見に胸を躍らせるのも、もうこの後はあるまい、今夜が最後だ、最後だ、最後だと、一歩一歩、最後だという言葉ばかりを胸の中で呟《つぶや》きつづけて家へ帰りました。翌る朝、朝ごはんを食べながら、呻《うめ》くばかりでありました。くだらない手紙を差し上げた事を、つくづく後悔しはじめたのです。出さなければよかった。取返しのつかぬ大恥をかいた。たった一夜の感傷を、二十年間の秘めたる思いなどという背筋の寒くなるような言葉で飾って、わあっ! 私は、鼻持ちならぬ美文の大家です。文章|倶楽部《クラブ》の愛読者通信欄に投書している文学少女を笑えません。いや、もっと悪い。私は先日の手紙に於い
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