。
ヴァレリイの言葉、――善をなす場合には、いつも詫《わ》びながらしなければいけない。善ほど他人を傷《きずつ》けるものはないのだから。
私は風邪《かぜ》をひいたような気持になり、背中を丸め、大股で地下道の外に出てしまいました。
四五人の記者たちが、私の後を追いかけて来て、
「どうでした。まるで地獄でしょう。」
別の一人が、
「とにかく、別世界だからな。」
また別の一人が、
「驚いたでしょう? 御感想は?」
私は声を出して笑いました。
「地獄? まさか。僕は少しも驚きませんでした。」
そう言って上野公園の方に歩いて行き、私は少しずつおしゃべりになって行きました。
「実は、僕なんにも見て来なかったんです。自分自身の苦しさばかり考えて、ただ真直を見て、地下道を急いで通り抜けただけなんです。でも、君たちが特に僕を選んで地下道を見せた理由は、判《わか》った。それはね、僕が美男子であるという理由からに違いない。」
みんな大笑いしました。
「いや、冗談じゃない。君たちには気がつかなかったかね。僕は、真直を見て歩いていても、あの薄暗い隅《すみ》に寝そべっている浮浪者の殆《ほとん》ど全部
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