輯部《へんしゅうぶ》の好意ある取計らいであったのかも知れませんが、率直に言いますと、そのウイスキイは甚《はなは》だ奇怪なしろものでありました。私も、これまでさまざまの怪しい酒を飲んで来た男で、何も決して上品ぶるわけではありませんが、しかし、ウイスキイの独り酒というのは初めてでした。ハイカラなレッテルなど貼《は》られ、ちゃんとした瓶《びん》でしたが、内容が濁っているのです。ウイスキイのドブロクとでも言いましょうか。
 けれども私はそれを飲みました。グイグイ飲みました。そうして、応接間に集って来ていた記者たちにも、飲みませんか、と言ってすすめました。しかし、皆うす笑いして飲まないのです。そこに集って来ていた記者たちは、たいていひどいお酒飲みなのを私は噂《うわさ》で聞いて知っているのでした。けれども、飲まないのです。さすがの酒豪たちも、ウイスキイのドブロクは敬遠の様子でした。
 私だけが酔っぱらい、
「なんだい、君たちは失敬じゃあないか。てめえたちが飲めない程の珍妙なウイスキイを、客にすすめるとは、ひどいじゃないか。」
 と笑いながら言って、記者たちは、もうそろそろ太宰も酔って来た、この勢いの消えないうちに、浮浪者と対面させなければならぬと、いわばチャンスを逃さず、私を自動車に乗せ、上野駅に連れて行き、浮浪者の巣と言われる地下道へ導くのでした。
 けれども、記者たちのこの用意周到の計画も、あまり成功とは言えないようでした。私は、地下道へ降りて何も見ずに、ただ真直《まっすぐ》に歩いて、そうして地下道の出口近くなって、焼鳥屋の前で、四人の少年が煙草を吸っているのを見掛け、ひどく嫌《いや》な気がして近寄り、
「煙草は、よし給《たま》え。煙草を吸うとかえっておなかが空《す》くものだ。よし給え。焼鳥が喰いたいなら、買ってやる。」
 少年たちは、吸い掛けの煙草を素直に捨てました。すべて拾歳前後の、ほんの子供なのです。私は焼鳥屋のおかみに向い、
「おい、この子たちに一本ずつ。」
 と言い、実に、へんな情なさを感じました。
 これでも、善行という事になるのだろうか、たまらねえ。私は唐突にヴァレリイの或《あ》る言葉を思い出し、さらに、たまらなくなりました。
 もし、私のその時の行いが俗物どもから、多少でも優しい仕草と見られたとしたら、私はヴァレリイにどんなに軽蔑されても致し方なかったんです
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