、私を人の扱いせず、あちこちひねくって、
「中毒ですよ。何か、わるいものを食べたのでしょう。」平気な声で、そう言いました。
「なおりましょうか。」
 あの人が、たずねて呉れて、
「なおります。」
 私は、ぼんやり、ちがう部屋にいるような気持で、聞いていたのでございます。
「ひとりで、めそめそ泣いていやがるので、見ちゃ居れねえのです。」
「すぐ、なおりますよ。注射しましょう。」
 お医者は、立ち上りました。
「単純な、ものなのですか?」とあの人。
「そうですとも。」
 注射してもらって、私たちは病院を出ました。
「もう手のほうは、なおっちゃった。」
 私は、なんども陽の光に両手をかざして、眺めました。
「うれしいか?」
 そう言われて私は、恥ずかしく思いました。



底本:「きりぎりす」新潮文庫、新潮社
   1974(昭和49)年9月30日初版発行
初出:「文学界」
   1939(昭和14)年11月
入力:深山香里
校正:佐々木春夫
1999年2月4日公開
2009年3月2日修正
青空文庫作成ファイル:
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