言葉が出てしまって、自分で自分がわからなくなって、もう、何をするか、何を言うか、責任持てず、自分も宇宙も、みんな信じられなくなりました。
「ちょっと見せなよ。」あの人の当惑したみたいな、こもった声が、遠くからのように聞えて、
「いや。」と私は身を引き、「こんなところに、グリグリができてえ。」と腋の下に両手を当てそのまま、私は手放しで、ぐしゃと泣いて、たまらずああんと声が出て、みっともない二十八のおたふくが、甘えて泣いても、なんのいじらしさが在ろう、醜悪の限りとわかっていても、涙がどんどん沸いて出て、それによだれも出てしまって、私はちっともいいところが無い。
「よし。泣くな! お医者へ連れていってやる。」あの人の声が、いままで聞いたことのないほど、強くきっぱり響きました。
 その日は、あの人もお仕事を休んで、新聞の広告しらべて、私もせんに一、二度、名だけは聞いたことのある有名な皮膚科専門のお医者に見てもらうことにきめて、私は、よそ行きの着物に着換えながら、
「からだを、みんな見せなければいけないかしら」
「そうよ。」あの人は、とても上品に微笑《ほほえ》んで答えました。「お医者を、男と思っちゃいけねえ。」
 私は顔を赤くしました。ほんのりとうれしく思いました。
 外へ出ると、陽の光がまぶしく、私は自身を一匹の醜い毛虫のように思いました。この病気のなおるまで世の中を真暗闇の深夜にして置きたく思いました。
「電車は、いや。」私は、結婚してはじめてそんな贅沢《ぜいたく》なわがまま言いました。もう吹出物が手の甲にまでひろがって来ていて、いつか私は、こんな恐ろしい手をした女のひとを電車の中で見たことがあって、それからは、電車の吊革《つりかわ》につかまるのさえ不潔で、うつりはせぬかと気味わるく思っていたのですが、いまは私が、そのいつかの女のひとの手と同じ工合になってしまって、「身の不運」という俗な言葉が、このときほど骨身に徹したことはございませぬ。
「わかってるさ。」あの人は、明るい顔してそう答え、私を、自動車に乗せて下さいました。築地から、日本橋、高島屋裏の病院まで、ほんのちょっとでございましたが、その間、私は葬儀車に乗っている気持でございました。眼だけが、まだ生きていて、巷《ちまた》の初夏のよそおいを、ぼんやり眺めて、路行く女のひと、男のひと、誰も私のように吹出物していないのが
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