私の部屋へかけこんで来ましてねえ、てっきり気ちがいになったと思った、そう言うのですよ。かえって私のほうがぎょっとしました。あなた、お金ある? いや、いいんです。それで、もうこの二三日すっかりくさって、お正月も、うちではわざとなんの仕度もしないのですよ。ほんとうにわざわざおいで下さいましたのに。私たち、なんのおかまいもできませんし。」
「新しい奥さんができたのですか。」僕はできるだけ意地わるい口調で言ってみた。
「ああ。」子供みたいにはにかんでいた。
おおかたヒステリイの女とでも同棲《どうせい》をはじめたのであろうと思った。
ついこのあいだ、二月のはじめころのことである。僕は夜おそく思いがけない女のひとのおとずれを受けた。玄関へ出てみると、青扇の最初のマダムであったのである。黒い毛のショオルにくるまって荒い飛白《かすり》のコオトを着ていた。白い頬がいっそう蒼《あお》くすき透って来たようであった。ちょっとお話したいことがございますから、一緒にそこらまでつきあってくれというのである。僕はマントも着ず、そのまま一緒にそとへ出た。霜がおりて、輪廓のはっきりした冷い満月が出ていた。僕たちはしば
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