一杯いかが?」
 僕は青扇の言葉づかいがどこやら変っているのに気がついた。けれども、それをいぶかしがっている場合ではなかった。僕はその茶をのまなければならなかったのである。青扇は茶碗をむりやりに僕に持たせて、それから傍に脱ぎ捨ててあった弁慶格子《べんけいごうし》の小粋《こいき》なゆかたを坐ったままで素早く着込んだ。僕は縁側に腰をおろし、しかたなく茶をすすった。のんでみると、ほどよい苦味があって、なるほどおいしかったのである。
「どうしてまた。風流ですね。」
「いいえ。おいしいからのむのです。わたくし、実話を書くのがいやになりましてねえ。」
「へえ。」
「書いていますよ。」青扇は兵古帯《へこおび》をむすびながら床の間のほうへいざり寄った。
 床の間にはこのあいだの石膏の像はなくて、その代りに、牡丹《ぼたん》の花模様の袋にはいった三味線らしいものが立てかけられていた。青扇は床の間の隅にある竹の手文庫をかきまわしていたが、やがて小さく折り畳まれてある紙片をつまんで持って来た。
「こんなのを書きたいと思いまして、文献を集めているのですよ。」
 僕は薄茶の茶碗をしたに置いて、その二三枚の紙片を受
前へ 次へ
全61ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング