ども僕は、この僕の決意を青扇に告げてやるようなことは躊躇《ちゅうちょ》していた。それはいずれ家主根性ともいうべきものであろう。ひょっとすると、あすにでも青扇がいままでの屋賃をそっくりまとめて、持って来てくれるかも知れない。そのようなひそかな期待もあって、僕は青扇に進んでこちらから屋賃をいらぬなどとは言わないのであった。それがまた青扇をはげますもとになってくれたなら、つまり両方のためによいことだとも思ったのである。
 七月のおわり、僕は青扇のもとをまた訪れたのであるが、こんどはどんなによくなっているか、何かまた進歩や変化があるだろう。それを楽しみにしながら出かけたのであった。行ってみて呆然《ぼうぜん》としてしまった。変っているどころではなかったのである。
 僕はその日、すぐに庭から六畳の縁側のほうへまわってみたのであるが、青扇は猿股《さるまた》ひとつで縁側にあぐらをかいていて、大きい茶碗を股のなかにいれ、それを里芋に似た短い棒でもって懸命にかきまわしていたのだ。なにをしているのですと声をかけた。
「やあ。薄茶でございますよ。茶をたてているのです。こんなに暑いときには、これに限るのですよ。
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