「君を好きだ。」僕はそう言った。
「私も君を好きなのだよ。」青扇もそう答えたようである。
「よし。万歳!」
「万歳。」
 たしかにそんな工合いであったようである。僕には、酔いどれると万歳と叫びたてる悪癖があるのだ。
 酒がよくなかった。いや、やっぱり僕がお調子ものだったからであろう。そのままずるずると僕たちのおかしなつきあいがはじまったのである。泥酔《でいすい》した翌《あく》る日いちにち、僕は狐《きつね》か狸《たぬき》にでも化かされたようなぼんやりした気持ちであった。青扇は、どうしても普通でない。僕もこのとしになるまで、まだ独身で毎日毎日をぶらりぶらり遊んですごしているゆえ、親類縁者たちから変人あつかいを受けていやしめられているのであるが、けれども僕の頭脳はあくまで常識的である。妥協的である。通常の道徳を奉じて生きて来た。謂《い》わば、健康でさえある。それにくらべて青扇は、どうやら、けたがはずれているようではないか。断じてよい市民ではないようである。僕は青扇の家主として、彼の正体のはっきり判るまではすこし遠ざかっていたほうがいろいろと都合がよいのではあるまいか、そうも考えられて、それ
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