れだけ散らばって在ったきりで、他には所持品、皆無であったそうである。

 鶴の殺人は、とうとう、どの新聞にも出なかったけれども、鶴の自殺は、関西の新聞の片隅に小さく出た。
 京都の某商会に勤めている北川という青年はおどろき、大津に急行する。宿の者とも相談し、とにかく、鶴の東京の寮に打電する。寮から、人が、三鷹の義兄の許《もと》に馳《は》せつける。
 姉の左腕の傷はまだ糸が抜けず、左腕を白布で首に吊《つ》っている。義兄は、相変らず酔っていて、
「おもて沙汰にしたくねえので、きょうまであちこち心当りを捜していたのが、わるかった。」
 姉はただもう涙を流し、若い者の阿呆らしい色恋も、ばかにならぬと思い知る。



底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房
   1989(平成元)年5月30日第1刷発行
   1998(平成10)年6月15日第5刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
入力:柴田卓治
校正:かとうかおり
2000年1月23日公開
2004年3月4日修正
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