八十八夜
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)獣《けもの》の
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)笠井|一《はじめ》さんは、
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#天から7字下げ]
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[#天から7字下げ]諦めよ、わが心、獣《けもの》の眠りを眠れかし。(C・B)
笠井|一《はじめ》さんは、作家である。ひどく貧乏である。このごろ、ずいぶん努力して通俗小説を書いている。けれども、ちっとも、ゆたかにならない。くるしい。もがきあがいて、そのうちに、呆《ぼ》けてしまった。いまは、何も、わからない。いや、笠井さんの場合、何もわからないと、そう言ってしまっても、ウソなのである。ひとつ、わかっている。一寸《いっすん》さきは闇だということだけが、わかっている。あとは、もう、何もわからない。ふっと気がついたら、そのような五里霧中の、山なのか、野原なのか、街頭なのか、それさえ何もわからない、ただ身のまわりに不愉快な殺気だけがひしひしと感じられ、とにかく、これは進まなければならぬ。一寸さきだけは、わかっている。油断なく
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