いさつ》した。「お泊りで、ございますか。」
女将は、笠井さんを見覚えていない様子であった。
「お願いします。」笠井さんは、気弱くあいそ笑いして、軽くお辞儀をした。
「二十八番へ。」女将は、にこりともせず、そう小声で、女中に命じた。
「はい。」小さい、十五、六の女中が立ち上った。
そのとき、あのひとが、ひょっこり出て来た。
「いいえ。別館、三番さん。」そう乱暴な口調で言って、さっさと自分で、笠井さんの先に立って歩いた。ゆきさんといった。
「よく来たわね。よく来たのね。」二度つづけて言って、立ちどまり、「少し、おふとりになったのね。」ゆきさんは、いつも笠井さんを、弟かなんかのように扱っている。二十六歳。笠井さんより九つも年下の筈《はず》なのであるが、苦労し抜いたひとのような落ちつきが、どこかに在る。顔は天平《てんぴょう》時代のものである。しもぶくれで、眼が細長く、色が白い。黒っぽい、じみな縞《しま》の着物を着ている。この宿の、女中頭である。女学校を、三年まで、修めたという。東京のひとである。
笠井さんは、長い廊下を、ゆきさんに案内されて、れいの癖の、右肩を不自然にあげて歩きながら、さ
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