あまり聞えなくなった。
「そろそろ、おしまいでしょうね。」
「そうだろう。いや、もうたくさんだ。」
「うちも焼けたでしょうね。」
「さあ、どうだかな? 残っているといいがねえ。」
 所詮《しょせん》だめとは思っていても、しかしまた、ひょっとして、奇蹟的に家が残っていたらまあどんなに嬉《うれ》しかろうとも思うのだ。
「だめだろうよ。」
「そうでしょうね。」
 しかし、心では一縷《いちる》の望みを捨て切れなかった。
 すぐ、眼の前の一軒の農家がめらめら燃えている。燃えはじめてから燃え尽きるまで、実に永い時間がかかるものだ。屋根や柱と共にその家の歴史も共に炎上しているのだ。
 しらじらと夜が明けて来る。
 私たちは、まちはずれの焼け残った国民学校に子供を背負って行き、その二階の教室に休ませてもらった。子供たちも、そろそろ眼をさます。眼をさますとは言っても、上の女の子の眼は、ふさがったままだ。手さぐりで教壇に這《は》い上ったりなんかしている。自分の身の上の変化には、いっさい留意していない様子だ。
 私は妻と子を教室に置いて、私たちの家がどうなっているかを見とどけに出かけた。道の両側の家がまだ燃
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