はここで休んでいらっしゃい。はい、これはおむすび。たくさん召《め》し上れ。」
女の二十七、八は、男の四十いやそれ以上に老成している一面を持っている。なかなか、たのもしく落ちついていた。三十七になっても、さっぱりだめな義兄は、それから板塀の一部を剥《は》いで、裏の畑の上に敷き、その上にどっかとあぐらを掻《か》いて坐り、義妹の置いて行ったおにぎりを頬張《ほおば》った。まったく無能無策である。しかし私は、馬鹿というのか、のんきというのか、自分たちの家族のこれからの身の振り方に就いては殆《ほとん》ど何も考えぬのである。ただ一つ気になるのは、上の女の子の眼病に就いてだけであった。これからいったい、どんな手当をすればいいのか。
やがて妻が下の子を背負い、義妹が上の女の子の手をひいて焼跡にやって来た。
「歩いて来たのか?」
と私はうつむいている女の子に尋ねた。
「うん、」と首肯《うなず》く。
「そうか、偉いね。よくここまで、あんよが出来たね。お家は、焼けちゃったよ。」
「うん、」と首肯く。
「医者も焼けちゃったろうし、こいつの眼には困ったものだね。」
と私は妻に向って言った。
「けさ洗ってもらいましたけど。」
「どこで?」
「学校にお医者が出張してまいりましたから。」
「そいつあ、よかった。」
「いいえ、でも、看護婦さんがほんの申しわけみたいに、――」
「そうか。」
その日は、甲府市の郊外にある義妹の学友というひとのお家で休ませてもらう事にした。焼跡の穴から掘り出した食料やお鍋《なべ》などを、みんなでそのお家に運んだ。私は笑いながら、ズボンのポケットから懐中時計を出して、
「これが残った。机の上にあったから、家を出る時にポケットにねじ込んで走ったのだ。」
それは、海軍の義弟の時計であったが、私が前から借りて私の机の上に置いていたものなのだ。
「よかったわね。」と義妹も笑い、「兄さんにしちゃ大手柄じゃないの。おかげで、うちの財産が一つ殖《ふ》えたわ。」
「そうだろう?」と私は少し得意みたいな気持になり、「時計が無いとね、何かと不便なものだからね。ほら、お時計だよ、」と言って、上の女の子の手にその懐中時計を握らせ、「耳にあててごらん、カチカチ言ってるだろう? このとおり、めくらの子のおもちゃにもなる。」
子供は時計を耳に押しあて、首をかしげてじっとしていたが、やがて、ぽ
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