もちろん自信無し。
 しかし、君たちは何やら「啓蒙家《けいもうか》」みたいな口調で、すまして民衆に説いている。
 洋行。
 案外、そんなところに、君たちと民衆とのだまし合いが成立しているのではないか。まさか、と言うこと勿《なか》れ。民衆は奇態に、その洋行というものに、おびえるくらい関心を持つ。
 田舎者の上京ということに就いて考えて見よう。二十年前に、上野の何とか博覧会を見て、広小路の牛《ぎゅう》のすき焼きを食べたと言うだけでも、田舎に帰れば、その身に相当の箔《はく》がついているものである。民衆は、これに一目《いちもく》をおくのだから、こたえられまい。況《いわ》んや、東京で三年、苦学して法律をおさめた(しかし、それは、通信講義録でも、おさめることが出来るようだが)そのような経歴を持ったとあれば、村の顔役の一人に、いやでも押されるのである。田舎者の出世の早道は、上京にある。しかも、その田舎者は、いい加減なところで必ず帰郷するのである。そこが秘訣《ひけつ》だ。その家族と喧嘩《けんか》をして、追われるように田舎から出て来て、博覧会も、二重橋も、四十七士の墓も見たことがない(或いは見る気も起ら
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