らば、文句もなく三拝九拝し、大いに宣伝これ努めていても、君のすぐ隣にいる作家の作品を、イヒヒヒヒとしか解することが出来ないとは、折角の君の文学の勉強も、疑わしいと言うより他はない。イエスもあきれたってネ。
 もう一人の外国文学者が、私の「父」という短篇を評して、(まことに面白く読めたが、翌《あく》る朝になったら何も残らぬ)と言ったという。このひとの求めているものは、宿酔《ふつかよい》である。そのときに面白く読めたという、それが即ち幸福感である。その幸福感を、翌る朝まで持ちこたえなければたまらぬという貪婪《どんらん》、淫乱、剛の者、これもまた大馬鹿先生の一人であった。(念の為に言っておく。君たちは誰かからこのように言われると、ことに、私のように或る種の札《ふだ》つきみたいに見られている者から、こんなことを言われると、上品を装った苦笑を伴い、太宰先生のお説によれば、私は貪婪、淫乱、剛の者、大馬鹿先生の一人だそうであるが、などと言って軽くいなそうとする卑劣なしみったれ癖があるようだけれども、あれはやめていただく。こっちは、本気で言っているのだ。それこそ、も少し、真面目になれ。私を憎み、考えよ。)宿酔がなければ満足しないという状態は、それこそほんものの「不健康」である。君たちは、どうしてそんなに、恥も外聞もなく、ただ、ものをほしがるのだろう。
 文学に於て、最も大事なものは、「心づくし」というものである。「心づくし」といっても君たちにはわからないかも知れぬ。しかし、「親切」といってしまえば、身もふたも無い。心趣《こころばえ》。心意気。心遣い。そう言っても、まだぴったりしない。つまり、「心づくし」なのである。作者のその「心づくし」が読者に通じたとき、文学の永遠性とか、或いは文学のありがたさとか、うれしさとか、そういったようなものが始めて成立するのであると思う。
 料理は、おなかに一杯になればいいというものでは無いということは、先月も言ったように思うけれども、さらに、料理の本当のうれしさは、多量少量にあるのでは勿論《もちろん》なく、また、うまい、まずいにあるものでさえ無いのである。料理人の「心づくし」それが、うれしいのである。心のこもった料理、思い当るだろう。おいしいだろう。それだけでいいのである。宿酔を求める気持は、下等である。やめたほうがよい。時に、君のごひいきの作者らしいモームは、あれは少し宿酔させる作家で、ちょうど君の舌には手頃なのだろう。しかし、君のすぐ隣にいる太宰という作家のほうが、少くとも、あのおじいさんよりは粋《いき》なのだということくらいは、知っておいてもいいだろうネ。
 何もわからないくせに、あれこれ尤《もっと》もらしいことを言うので、つい私もこんなことを書きたくなる。翻訳だけしていれあいいんだ。君の翻訳では、ずいぶん私もお蔭を蒙《こうむ》ったつもりなのだ。馬鹿なエッセイばかり書きやがって、この頃、君も、またあのイヒヒヒヒの先生も、あまり語学の勉強をしていないようじゃないか。語学の勉強を怠ったら、君たちは自滅だぜ。
 分《ぶん》を知ることだよ。繰り返して言うが、君たちは、語学の教師に過ぎないのだ。所謂「思想家」にさえなれないのだ。啓蒙家? プッ! ヴォルテール、ルソオの受難を知るや。せいぜい親孝行するさ。
 身を以てボオドレエルの憂鬱を、プルウストのアニュイを浴びて、あらわれるのは少くとも君たちの周囲からではあるまい。

(まったくそうだよ。太宰、大いにやれ。あの教授たちは、どだい生意気だよ。まだ手ぬるいくらいだ。おれもかねがね、癪《しゃく》にさわっていたのだ。)
 背後でそんな声がする。私は、くるりと振向いてその男に答える。
「なにを言ってやがる。おまえよりは、それは、何としたって、あの先生たちは、すぐれているよ。おまえたちは、どだい『できない』じゃないか。『できない』やつは、これは論外。でも、のぞみとあらば、来月あたり、君たちに向って何か言ってあげてもかまわないが、君たちは、キタナクテね。なにせ、まったくの無学なんだから、『文学』でない部分に於いてひとつ撃つ。例えば、剣道の試合のとき、撃つところは、お面、お胴、お小手、ときまっている筈なのに、おまえたちは、試合《プレイ》も生活も一緒くたにして、道具はずれの二の腕や向う脛《ずね》を、力一杯にひっぱたく。それで勝ったと思っているのだから、キタナクテね。」

       三

 謀叛《むほん》という言葉がある。また、官軍、賊軍という言葉もある。外国には、それとぴったり合うような感じの言葉が、あまり使用せられていないように思われる。裏切り、クーデタ、そんな言葉が主として使用せられているように思われる。「ご謀叛でござる。ご謀叛でござる。」などと騒ぎまわるのは、日本の本能寺あ
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