ちっともなんにも気にならなかった。だけど、あたしが女学校へ行くようになってから、何だか時々ふっと淋《さび》しく思うようになったの。だって、お母さんは、あんまりよすぎるんだもの。一つも欠点が無いんだもの。あたしがどんなわがままを言っても、また、いけない事をしても、お母さんは一度もお叱《しか》りにならず、いつも笑ってあたしを猫可愛がりに可愛がっていらっしゃる。あんな優しいお母さんてないわよ。優しすぎるわ、よすぎるわ。いつかあたしが、足の親指の爪をはがした時、お母さんは顔を真蒼《まっさお》にして、あたしの指に繃帯《ほうたい》して下さりながら、めそめそお泣きになって、あたし、いやらしいと思ったわ。また、いつだったか、あたしはお母さんに、お母さんはでも本当は、あたしよりも栄一のほうが可愛いのでしょう? ってお聞きしたら、まあ、上手に答えるじゃないの、お母さんはね、その時あたしにこう言ったの。時たまはなあ、だって。あんまり正直らしく、そうして、優しいみたいで、にくらしくなっちゃったわ。栄一にばかり、ひどく難儀な用事を言いつけて、あたしには拭《ふ》き掃除《そうじ》さえろくにさせてくれないのだもの。だ
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