たのところへも帰らないつもりです。父は、世間に対する気がねやら、また母に対する義理やらで、早くあたしに東京へ帰れ、と言っていますが、しかし、母が病気で寝込んでしまったら、この父も、めっきり気弱く、我《が》が折れて来たようです。あたしは、もう東京へ帰らないかも知れません。もし、あなたのほうで、あたしをこいしく思って下さるなら、絵をかくのをおやめになって、この田舎へ来て、あたしと一緒にお百姓になって下さい。出来ないでしょうね。でも、そんな気になった時には、きっとおいで下さいまし。いまにあたたかくなり、雪が溶けて、田圃《たんぼ》の青草が見えて来るようになったら、あたしは毎日|鍬《くわ》をかついで田畑に出て、黙って働くつもりです。あたしは、ただの百姓女になります。あたしだけでなく、睦子をも、百姓女にしてしまうつもりです。あたしは今の日本の、政治家にも思想家にも芸術家にも誰にもたよる気が致しません。いまは誰でも自分たちの一日一日の暮しの事で一ぱいなのでしょう? そんならそうと正直に言えばいいのに、まあ、厚かましく国民を指導するのなんのと言って、明るく生きよだの、希望を持てだの、なんの意味も無いか
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