まった。(ひくく笑う)線香花火だけは、たくさんお店にあってね。どういうわけかしら。どうもこのごろのお店には、季節はずれの妙な品物ばかり並んでいるよ。麦わら帽子だの、蠅《はえ》たたきだの、笑わせるじゃないか、あんなものでも買うひとがあるんだろうねえ。いまどき蠅たたきなんかを買ってどうするのだろう。
(数枝)(笑って)蠅たたきだって、羽子板のかわりくらいにはなるかも知れないわ。こんな線香花火なんかよりは、子供にはいい玩具かもわからない。(睦子の手から線香花火を取っていじりながら)冬の花火なんて、何だか気味《きび》が悪いわねえ。さっき睦子が持っているのをちらと見た時、なぜだか、ぎょっとしたわよ。
(あさ)(やわらかに)だって、他になんにも売ってなかったんだものねえ。いまの子供は、本当に可哀そうだよ。(語調をかえて)あたらしい鱈のようですけど、鱈ちりになさいますか?
(伝兵衛) 酒は、まだあるか。
(あさ)(やはり障子の蔭から)ええ、まだ少しございますでしょう。
(伝兵衛) それじゃ晩は、鱈ちりで一ぱいという事にしようか。
(数枝) あたしも、そうしよう。
(伝兵衛)(抑制を忘れ、ついに大声を
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