えないでしょうね。あなたはもう、あたしが帰って来てから、二、三箇月間は朝から晩までこの家にいりびたりで、あたしのお父さんもお母さんもあんな気の弱い人たちばかりだから、あなたに来るなとも言えないで、ずいぶん困っているようだったから、あたしがあなたのお家へ行って、(言いながら、ふと畳の上に落ち散らばっている線香花火に目をとどめ、一本ひろってそれに火をつける。線香花火がパチパチ燃える。その火花を見つめながら)あなたのお母さんと、あなたの妹さんと、それからあなたと三人のいらっしゃる前で、あんなにしょっちゅうおいでになっては、ひとからへんな噂を立てられるにきまっているから、もうおいでにならないようにと申し上げて、それからぱったりあなたもおいでにならなくなって、(花火消える。別な一本を拾って、点火する)ほっとしていたら、こないだ突然あんな、いやらしい手紙を寄こして、本当に、あなたも変ったわね。村でもあなたは、ひどく評判が悪いようじゃないの。
(清蔵) いやらしくても何でも仕方がありません。私はあの手紙は、泣きながら書きました。男一匹、泣きながら書きました。きょうは、あの手紙の返事を聞きに来ました。イエスですか、ノオですか。それだけを聞かして下さい。きざなようですけれども、(ふところから、手拭いに包んだ出刃庖丁《でばぼうちょう》を出し、畳の上に置いて、薄笑いして)今夜は、こういうものを持って来ました。そんな花火なんかやめて、イエスかノオか、言って下さい。
(数枝)(花火が消えると、また別の花火を拾って点火する。以後も同様にして、五、六本ちかく続ける)この花火はね、二、三日前にあたしのお母さんが、睦子に買って下さったものなんですけど、あんな子供でも、ストーヴの傍でパチパチ燃える花火には、ちっとも興味が無いらしいのよ。つまらなそうに見ていたわ。やっぱり花火というものは、夏の夜にみんな浴衣《ゆかた》を着て庭の涼台《すずみだい》に集って、西瓜《すいか》なんかを食べながらパチパチやったら一ばん綺麗に見えるものなのでしょうね。でも、そんな時代は、もう、永遠に、(思わず溜息をつく)永遠に、来ないのかも知れないわ。冬の花火、冬の花火。ばからしくて間《ま》が抜けて、(片手にパチパチいう花火を持ったまま、もう一方の手で涙を拭く)清蔵さん、あなたもあたしも、いいえ、日本の人全部が、こんな、冬の花火みた
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