。だから、あなたなんか、安心して可なりですよ。しかし、時たま、我輩こそオリジナルな文人だぞ! という顔をして徘徊《はいかい》している人間もありますけどね、あれはただ、馬鹿というだけで、おそるるところは無い。ああ、溜息が出るわい。あなたの前途は、実に洋々たるものですね。道は広い。そうだ、こんどの小説は、広き門、という題にしたらどうです。門という字には、やはり時代の感覚があるそうですから。失礼します、僕は、少し吐きますよ。大丈夫、ええ、もう大丈夫。ここの酒は、あまりよく無いな。ああ、さっぱりした。さっきから、吐きたくて仕様が無かったんです。人を賞讃しながら酒を飲むと、悪酔いしますね。ところで、そのヴァレリイですがね、あ、とうとう言っちゃった、汝《なんじ》の沈黙に我おのずから敗れたり。僕が今夜ここで言った言葉のほとんど全部が、ヴァレリイの文学論なんです、オリジナリテもクソもあったものでない。胃の具合いが悪かったのでね、消化しきれなくなって、とうとう固形物を吐いちゃった。おのぞみなら、まだまだ言えるんですけどね、それよりは、このヴァレリイの本をあなたにあげたほうが、僕もめんどうでなくていい。さ
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