て、私には微塵《みじん》も無い。偉い人間は、咄嗟《とっさ》にきっぱりと意志表示が出来て、決して負けず、しくじらぬものらしい。私はいつでも口ごもり、ひどく誤解されて、たいてい負けて、そうして深夜ひとり寝床の中で、ああ、あの時にはこう言いかえしてやればよかった、しまった、あの時、颯《さ》っと帰って来ればよかった、しまった、と後悔ほぞを噛《か》む思いに眠れず転輾《てんてん》している有様なのだから、偉いどころか、最劣敗者とでもいうようなところだ。先日も、ある年少の友人に向って言った事だが、君は君自身に、どこかいいところがあると思っているらしいが、後代にまで名が残っている人たちは、もう君くらいの年齢の頃には万巻の書を読んでいるんだ、その書だって猿飛佐助だの鼠小僧だの、または探偵小説、恋愛小説、そんなもんじゃない、その時代に於いていかなる学者も未だ読んでいないような書を万巻読んでいるんだ、その点だけで君はすでに失格だ、それから腕力だって、例外なしにずば抜けて強かった、しかも決してそれを誇示しない、君は剣道二段だそうで、酒を飲むたびに僕に腕角力《うでずもう》をいどむ癖があるけれども、あれは実にみっと
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