と不審、けれどもその時は、もうおそい。にがく笑って、これが世の中、と呟《つぶや》いて、きれいさっぱり諦める。それこそは、世の中。

     参唱 同行二人

 巡礼しようと、なんど真剣に考えたか知れぬ。ひとり旅して、菅笠《すげがさ》には、同行二人と細くしたためて、私と、それからもう一人、道づれの、その、同行の相手は、姿見えぬ人、うなだれつつ、わが背後にしずかにつきしたがえるもの、水の精、嫋々《じょうじょう》の影、唇赤き少年か、鼠いろの明石《あかし》着たる四十のマダムか、レモン石鹸にて全身の油を洗い流して清浄の、やわらかき乙女か、誰と指呼《しこ》できぬながらも、やさしきもの、同行二人、わが身に病いさえなかったなら、とうの昔、よき音《ね》の鈴もちて曰《いわ》くありげの青年巡礼、かたちだけでも清らに澄まして、まず、誰さん、某さん、おいとま乞いにお宅の庭さきに立ちて、ちりりんと鈴の音にさえわが千万無量のかなしみこめて、庭に茂れる一木一草、これが今生《こんじょう》の見納め、断絶の思いくるしく、泣き泣き巡礼、秋風と共に旅立ち、いずれは旅の土に埋められるおのが果なきさだめ、手にとるように、ありあり
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