、その人の尊さ、かれのわびしさ、理解できぬとあれば、作家、みごとに失格である。この世に無用の長物ひとつもなし。蘭童《らんどう》あるが故に、一女優のひとすじの愛あらわれ、菊池寛の海容《かいよう》の人情讃えられ、または蘭童かかりつけの××の閨房《けいぼう》に御夫人感謝のつつましき白い花咲いた。

 ――お葉書、拝見いたしましたが、ぼくの原稿、どうしても、――だめですか?
 ――ええ。だめですねえ。これ、ほかの人書いて下さった原稿ですが、こんなのがいいのです。リアルに、統計的に、とにかく、あなたの原稿、もういちど、読んでみて下さい。そうして、考えて下さい。
 ――ぼく、もとから、へたな作家なんだ。くやし泣きに、泣いて書くより他に、てを知らなかった。
 ――失恋自殺は、どうなりました。
 ――電車賃かして下さい。
 ――…………。
 ――あてにして来たので、一銭もないのです。うちへかえればございます。すぐお返しできます。一円でも、二円でも。
 ――市内に友人ないのか。
 ――赤羽におじさん居ります。
 ――そんなら歩いてかえりたまえ。なんだい、君、すぐそこじゃないか。お濠《ほり》をぐるっとめぐ
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