二十世紀旗手
――(生れて、すみません。)
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)焔《ほのお》の
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今宵|七夕《たなばた》まつりに
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序唱 神の焔《ほのお》の苛烈《かれつ》を知れ
苦悩たかきが故に尊からず。これでもか、これでもか、生垣へだてたる立葵《たちあおい》の二株、おたがい、高い、高い、ときそって伸びて、伸びて、ひょろひょろ、いじけた花の二、三輪、あかき色の華美を誇りし昔わすれ顔、黒くしなびた花弁の皺《しわ》もかなしく、「九天たかき神の園生《そのう》、われは草鞋《わらじ》のままにてあがりこみ、たしかに神域犯したてまつりて、けれども恐れず、この手でただいま、御園の花を手折《たお》って来ました。そればかりでは、ない。神の昼寝の美事な寝顔までも、これ、この眼で、たしかに覗《のぞ》き見してまいりましたぞ。」などと、旗取り競争第一着、駿足の少年にも似たる有頂天の姿には、いまだ愛くるしさも残りて在り、見物人も微笑、もしくは苦笑もて、ゆるしていたが、一夜、この子は、相手もあろに氷よりも冷い冷い三日月さまに惚《ほ》れられて、あやしく狂い、「神も私も五十歩百歩、大差ござらぬ。あの日、三伏《さんぷく》の炎熱、神もまたオリンピック模様の浴衣《ゆかた》いちまい、腕まくりのお姿でござった。」聞くもの大笑せぬはなく、意外、望外の拍手、大喝采。ああ、かの壇上の青黒き皮膚、痩狗《そうく》そのままに、くちばし突出、身の丈ひょろひょろと六尺にちかき、かたち老いたる童子、実は、れいの高い高いの立葵の精は、この満場の拍手、叫喚の怒濤《どとう》を、目に見、耳に聞き、この奇現象、すべて彼が道化役者そのままの、おかしの風貌ゆえとも気づかず、ぶくぶくの鼻うごめかして、いまは、まさしく狂喜、眼のいろ、いよいよ奇怪に燃え立ちて、「今宵|七夕《たなばた》まつりに敢えて宣言、私こそ神である。九天たかく存《おわ》します神は、来る日も来る日も昼寝のみ、まったくの怠慢。私いちど、しのび足、かれの寝所に滑り込んで神の冠、そっとこの大頭《おおあたま》へ載せてみたことさえございます。神罰なんぞ恐れんや。はっはっは。いっそ、その罰、拝見したいものではある!」予期の喝采、起らなかった。しんとなった。つづいてざわざわの潮ざい、「身の
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